大判例

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大阪高等裁判所 昭和40年(う)935号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判決理由】控訴趣意第一点は、要するに、本件各公訴事実は被告人にとって全く身に覚えのないことであり、被告人は無罪であるのにもかかわらず、原判決は証拠の取捨選択、価値判断を誤り、原判示のとおり有罪と認定したものであって、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認がある、というのである。調査するに原審における証拠調の結果に徴すると、仮に原判示の各日時ごろにその各場所において被告人が大塚節雄に対し麻薬と称する粉末をそれぞれ譲渡した事実が認められるとしても、同譲渡にかかる各粉末が塩酸ジアセチルモルヒネを含有する麻薬であったと認めるに足りる確証はない。すなわち、大塚節雄が昭和三八年五月一三日ごろ河東鎬なる男から譲受けたうえ崔栄松に譲渡した粉末については、崔栄松の処分先からその一部が押収され、鑑定の結果それがジアセチルモルヒネを含有する麻薬であることが明らかにされている。しかし、原判決挙示の証拠によれば、原判示の各麻薬なる物は、いずれも被告人が中山組系植田組組員井原久から譲受けて大塚節雄に譲渡し、大塚は原判示第一の分についてはこれを山田某に譲渡し、原判示第二の分については丸井組の若衆頭である阪本輝久から譲受けた麻薬なるものと混合のうえ、さらにぶどう糖を混ぜて増量し、その一部を大阪の酒梅組の男に譲渡すべく尾尻幸雄に渡し、残りは森口勝利を通じて中山組系植田組組員植田春雄に譲渡したというのであって、前記鑑定ずみの麻薬の流通過程と一致する点は認められない。しかも、井原久の右麻薬なる物の入手先、井原久におけるこれが取扱状況、大塚より後の入手者の取扱状況、処分先はなんら明らかにされておらず、もちろん右麻薬なる物の一部が押収されて鑑定された事跡は認められないし、その一部を施用した際における施用効果なども明らかにされていない。ただ、大塚節雄の検察官に対する昭和三九年六月二七日付供述調書中には、本件各公訴事実に関し譲受け物件の呼称として「ペー」または「麻薬」なる用語が用いられているほか、原判示第一の譲受け物件につき「中味は調べていないが袋を通して白い粉が入っていることは確認しており、後日文句を言われたこともないので麻薬であったことは間違いない」との供述記載があり、同人の検察官に対する同年三月四日付供述調書(謄本)中には「前記河東鎬から買入れたペーを増量するとき一寸なめてこれがペーにまちがいないことを確めた」「五月初めごろ井上勲から一本のペーを買い、これを二本に増量して尾尻幸雄に売ったが、増量するとき買ったペーをなめてみたところ、前述の河東鎬から引いたペーと同じ味がしていた」との記述があったのち、原判示第二の譲受け物件につき「坂本から仕入れたペーと混ぜて増量するとき、いつものようにペーをなめてペーにまちがいないか味見をしてみたところ、前述の河東鎬から仕入れたペーと同じ物であることがよくわかった」との供述記載があり、また、被告人の司法警察職員に対する同年五月一六日付供述調書中には「私がいうくすりとは通常ペーといわれている麻薬のことである」としたのち「井原久から計六回ぐらいにくすりすなわち麻薬を買い、これを売っていた」との記述があり、被告人の司法巡査に対する同年五月一八日付供述調書中には「ペーと申上げるのは麻薬のことであります」としたうえ、原判示第一の譲渡物件につき「大塚外一名からくすりはないかと言われ、神戸でも有名なペーとかポンの卸元である植田組の若者頭井原久にペーないかと問い合わせ、同人からペーはあるとの返事を得たので向に買って来させた。そのペーは白い紙片に包んだものであり、この包がペーか何であるか中を開いて見たわけではないが、後で大塚らが文句を言って来ないし、ペーに間違いなかったわけです。との供述記載があり、被告人の司法警察員に対する同年五月二三日付供述調書中では、原判示第二の譲渡物件を呼称するに当りもっぱら「麻薬」との用語が用いられ、被告人の検察官に対する供述調書中では「自分は向学といっしょに、我々が持ってもいけないペー(きつねとも呼んでいます)と呼んでいる麻薬を四回ぐらいにわたって井原久から買入れ、これを売って金儲けをしていた」としたのち、本件各公訴事実に関する記述をなすに当り、譲渡物件の呼称としてもっぱら「ペー」という用語が使用され、さらに当審で取調べた向学の検察官に対する同年五月二九日付供述調書においても同譲渡物件の呼称としてもっぱら「ペー」という用語が用いられているのであって、これらの証拠によれば、被告人および大塚節雄は原判示の各譲渡物件がペーその他の麻薬であるとしてその授受をしたことになるのであるが、大塚の検味による鑑識能力が確実であったとも言えず、いまだ叙上のごとき供述証拠のみによって原判決認定のごとく右各授受物件が真実塩酸ジアセチルモルヒネを含有する麻薬であったと認定するのは早計である。かく断じ得るためには、各授受物件の形状、授受前後における流通過程と施用状況、押収、鑑定の有無、大塚節雄の従前の麻薬取扱経験、同人の鑑識能力に対する信用性等の諸事情の全部または一部をより明らかにしたうえ再検討する必要があると考えられる。ことここに出ずして被告人が大塚節雄に対し塩酸ジアセチルモルヒネを含有する麻薬をそれぞれ譲渡したと認定した原判決には、すでにこの点において判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認があり破棄を免れない。論旨は理由がある。

なお、職権を以て調査するに、原判決の判示各罪となるべき事実に対する証拠の標目として、被告人の検察官に対する供述調書ならびに司法警察職員に対する昭和三九年五月一八日付および同月二三日付、各供述調書と大塚節雄の検察官に対する同年六月二七日付供述調書のほかに、向学の検察官に対する同年五月二九日付供述調書を挙示しているのであるが、右向学の検察官に対する供述調書は、原審において一時被告人と併合審理されていた向学に対する関係で検察官から証拠調の請求がなされ、同人に対する関係で証拠決定のうえその取調べがなされた関係上、本件記録中に編綴されているものの、被告人に対する関係では、同供述調書はいずれの当事者からも証拠調の請求がなく、もちろん被告人の同意もないし、証拠決定、証拠調の実施もなされていない。このことは本件記録により明らかである。してみれば、原判決は証拠となし得ないものを証拠にして罪となるべき事実を認定したもので訴訟手続に法令の違反を犯した違法がある。そして記録によって認められる本件の証拠関係ならびに右向学の検察官に対する供述調書の記載内容に照らすと、同供述調書は原審が取調べた証拠の証拠価値を判断し、本件各公訴事実の存否を認定する上においてきわめて重要な役割を果す性質のものと思料されるから、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであり破棄を免れない。(山田近之助 藤原啓一郎 岡本健)

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